華原朋美の現在とは!?挫折からの復帰!

2015年にデビュー20周年を迎えた歌手、華原朋美さん。

20周年を記念してベストアルバムも発売され、全国コンサートツアーも開催されています。

しかし華原朋美さんの歌手人生20年は誰もがよく知っているとおり、順風満帆なものではありませんでした。

今回はそんな華原朋美さんの栄光と挫折の20年をまとめてみます。

華原朋美が現在に至るまで!

華原朋美、小室哲哉との出会い、栄光出典:元恋人同士!共演も果たした小室哲哉と華原朋美の現在の関係とは?

華原朋美さんの歌手人生を語るには、絶対外せないのが小室哲哉さん。

2人の出会いは1995年頃。華原朋美さんは自身の著書『未来を信じて』で小室哲也さんとの出会いを告白しており、抜粋すると以下のような流れになります。

中でも小室哲哉の口説きのテクはおもしろい。

まず、突然スタジオに連れて行って、大勢のスタッフを動かしている自分の姿を見せる。
そして「この人スゴい」と思わせたところで、ある日、電話番号を教えていない携帯に小室から電話がかかってくる。
で、新品の高級家具が並べられたマンションに連れて行かれて「ここが僕たちの城だよ」「まあステキ」って(笑)。それで同棲が始まるんです。

引用:「最強の暴露本」20冊イッキ読みする!歴史編 タレント本収集家・吉田豪が厳選 謝罪会見も開いた長門裕之さんは印税に大満足 華原朋美の「捨てられる過程」は読み応えアリ

同棲後、小室哲哉さんは華原朋美さんのために様々な楽曲を提供します。
そして、その楽曲は次々にミリオンセラーを達成していきました。

代表曲はミリオンセラーを記録した「I’m proud」「I BELIEVE」「Hate tell a lie」など多数。当初のプロデューサー・小室哲哉に申し子として「彼女の声は涙腺を刺激します。天性の声質を持っているアーティストと言っていい。」「愛を歌うことが出来る人」と称された。

引用:華原朋美 – Wikipedia

この当時、CMへの出演も果たしJT『桃の天然水』での「ヒューヒュー!」という言葉が注目されたことが記憶に残っている方も多いかと思います。

華原朋美の挫折、小室哲哉との破局

華原朋美、小室哲哉との破局、そして挫折出典:華原朋美の復帰ーテレビでは伝えられない真実

その後、華原朋美さんと小室哲哉さんとの間で多忙な日々が続き2人の間には深い溝が生じてしまいます。

小室哲哉さんと別れた理由について、華原朋美さんは2015年にバラエティ番組「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」(日本テレビ系)で以下のように話していました。

華原は続けて、「別れようと言ったのは?」と聞かれると、「それもないです。急に消えました。私の前から」と振り返った。
すると、華原と浜田雅功が顔を見合わせて笑い、浜田は、当時収録後に華原が楽屋を訪ねてきて「家に帰って来ないんです。浜田さんなんとかしてください」と泣きつかれたことを明かした。

引用:華原朋美、小室哲哉と寝ていた時に侵入被害!? 別れも暴露「急に消えた」

なぜ華原朋美さんが浜田雅功さんに泣きついたかというと、当時小室哲哉さんと浜田雅功さんは『H Jungle with t』というユニットを組んでいたため行先を知っているのではないか、と考えたからのようです。

小室哲哉さんとの別れをきっかけに、華原朋美さんの精神状態は一気に不安定になり、ついに緊急入院ということになってしまいます。

1999年1月30日、自宅で料理中にガス中毒で倒れ緊急入院。この時、初めて年明けから休養していたことと小室との破局が報じられ、翌1月31日には退院するも、一時は意識不明の重体であったことなどからテレビや週刊誌等で連日報道されるようになる。

引用:華原朋美 – Wikipedia

退院後も不安定な状態は続き、一説にはうつ病を発症したことによる治療のため薬物依存に陥っていたとも言われていました。

華原朋美、小室哲哉との破局、そして挫折出典:華原朋美、宇多田ヒカルへの”不適切なコメント”に非難の声

その後も新曲を発表したり、本業以外の活動も開始するものの精神状態は安定することはなかったようで、2009年には精神安定剤の大量服用による急性薬物中毒2010年にも薬物依存で緊急搬送されています。

このころの華原朋美さんは通常の生活を送ることが難しい状態にまでなっていたため、閉鎖病棟に入っていたこともあったのだとか。
薬物に頼っていた時期を振り返り、華原朋美さん自身は以下のように語っています。

「私自身も自殺(未遂)もたくさんしたし、考えたし。でも、どこかに勇気がなくて、死にきれなかった。元々、依存体質っていうのもあって、薬に頼っていってしまう。自分の人生として本当に厳しかった」

引用:華原朋美が初告白!うつ病の若者急増に「薬に頼るのはラクだけど」

依存体質と華原朋美さん自身が語っているとおり、デビュー当時から小室哲哉さんにどっぷり依存していたものの、急に別れが訪れてしまい、依存するものがなくなったため薬に頼らざるを得なかったということのようです。

華原朋美が挫折から現在の復帰まで!

療養期間を経た後、2012年からは歌手活動を再開した華原朋美さん。

2013年には映画 『レ・ミゼラブル』の日本版劇中歌、『夢やぶれて-I dreamed a dream-』での素晴らしい歌声が話題になりました。

小室哲哉さんとの再共演も2013年に実現し握手を交わした姿が話題にもなりました。

華原朋美と竹田恒泰出典:華原朋美の売名?竹田氏と別れた本当の理由!恋人関係の嘘の裏側!

そののち、皇族の玄孫と話題になった竹田恒泰さんとの熱愛の噂などもありましたが、結局竹田さんのAKBメンバーとの二股が発覚し、2015年に破局となったようです。

しかし、一度挫折を経験した華原朋美さんは一回り強くなっていたようで破局後のコメントでは、

「ボイストレーニングをきちんとやったり、そういうことをまずはきちんとやってから、自分がまた大丈夫かなと思ったら、また恋とか愛とか経験したいなと思います。」

引用:華原朋美、竹田氏との破局の真相告白「前向きに考えて、腹くくっていた」

と語っています。

トップシンガーとしての栄光から突然の転落・挫折。
そして復活を経験した華原朋美さん。

誰がどう見ても非常に辛い20年だったであろうことは容易に想像できます。

その経験を糧として、素晴らしい歌声をきっとこれからも届けてくれることをたくさんの人が願っているに違いありません。

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